イチローの年齢

Steveのつぶやき

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イチローの年齢

イチローの気持ちは萎えていない。 
 
「たいへん申し訳ないんですが。」 
彼のこの台詞から放送は流れ始めた。おそらく会見場の記者のなんらかの質問に対しての回答であろう。 
文字では表しきれない、彼独特の落ち着いた慎重な語り口。十分な間をとった、しかし誠実で悠揚迫らざる態度。質問者を見つめる視線の集中度、鋭さは、紛れもなくあと156本で大リーグ通算3000安打に到達するアスリートのものだ。 
 
次に、彼は「25歳でも45歳に見える人はたくさんいる。その反対であることができるようにちょっとずつ前に進みたいと思っている」と語った。 
 
確かに、それはそうだと感心しながら、Samuel UlmanのYOUTHの一節を思い出した。 
Youth is not a time of life – it is a state of mind; it is a temper of the will, a quality of the imagination, a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity, of the appetite for adventure over love of ease. 
(青春とは人生の一時期をいうのではなく、心の様相をいう。すなはち、巌の意志力、優れた想像力、大いなる熱情、そして臆病心をうちやる勇気、安逸を嫌う冒険心をいうのだ。) 
 
そして4節目は、イチローの考えが詩的に語られているような一節である。 
You are as young as your faith, as old as your doubt; as young as your self-confidence, as old as your fear, as young as your hope, as old as your despair. 
(人は信念とともに若く、疑惑とともに老いる。人は自信とともに若く、恐怖とともに老いる。そして希望とともに若く、失望とともに老いる。) 
 
イチローの年齢に関する先の言い方は、生身の体を鍛えあげ、それを駆使して前人未到の偉業を成し遂げている人間の、気持ちの有り様、メンタルセッティングの核心を示している表現ではないか。 
私はスポーツ選手の活躍をみて、彼らの勝利や良い結果からだけでなく、時に彼らの言葉からもエネルギーを貰ったり勇気づけられたりしている。 
 
ここで告白しなければならない。 
彼が海を渡った時に、「大リーグでは通用しないのではないか」と私が思ったことを。 
今、先見の明のなさを恥じている。 
 

Ichiro appeared twice in The National High School Baseball Championship at Koshien Stadium

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